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めったにつくらないフローティングキャンドルをつくりました。

水の記憶という名前の由来は、水に浮かべるからだけではなく、実は、ひとつひとつ本物の水を用いて制作しているからなのです。

水のカタチを記憶した歪なキャンドルを再び水に戻す。
忘れてもまた在るべき場所に、途切れてもまた繋がる人と人のように、あなたが望むどこかに、そっと優しく帰れますように。

いつもより灯りが優しい気がします。


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今日、20数年会わないまま死んだ父親が夢に出てきて、なんともいえない気持ちになった。

なにが正しくて、なにが間違っているのか。

そんなの誰にもはかれない。

永久に。

ただ、

わたしは取り返しのつかない間違いをひとつおかして、それを一生涯、贖罪し続けなければならない。

事実として。

父も死ぬ間際、あるいは人生のどこかで、そういう気持ちになる瞬間があったとしたら、赦してあげたいと思うのです。

なぜなら、他でもないわたし自身が、赦されたいのです。


焦げ茶色のカーテンを開けると、8時の窓に雪が降っていて、思わずベランダに出る。たばこをすう。今年も冬が美しいことに安堵する。はつ雪。

トーストとコーンスープ。フォークの背でゆで卵にひびを入れる仕草。冬の朝。サラダが冷たくてすすまない。

今日は地下鉄だから、午後の打ち合わせまでどうしようか、迷って、ふたつ目の駅で降りて少し散歩をする。
come rain or come shineを聴きながら。
降っても晴れても。come snow or come shine.
わたしは日々の多くをあの窓の外で生きて、それはほとんど寂しく、遠ざかる速度をほんのちょっと緩めたかっただけなのかもしれない。
飛行機から見る夜景の、あのとてつもなく引き離される感覚が嫌いだったように。

カフェに入って知らない人を眺める。
たばこをすう。甘いカフェラテ。知らないジャズ。知らない人たち。
そろそろ帰ろう。
今日もわたしの日常を生きなければならない。

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